≪接着・原賀塾≫
講師:(株)原賀接着技術コンサルタント
首席コンサルタント、工学博士
原賀康介
接着剤と被着材表面との結合のメカニズムとしては、1)物理的結合(分子間力)、2)化学的結合(共有結合)、3)分子の相互拡散による結合、4)機械的結合(投錨効果、ファスナー効果)などがあります。実際の接着で最も多いのは、1)と4)の組合せによるものです。
1)物理的結合(分子間力): 接着における主たる結合メカニズムです。9.2で詳しく延べます。
2)化学的結合(共有結合): 接着では多くはありませんが、ガラスとシランカップリング剤との結合などで起こると言われています。
3)分子の相互拡散による結合: 溶剤に溶けるプラスチック同士の接着面を溶剤で溶かして分子を動きやすくして、被着材同士を押しつけることによって溶けた分子鎖が相互に拡散して絡み合い、溶剤が飛散するとまた固体の戻るもので、溶融接着や溶剤接着とも呼ばれています。溶剤ではなく、熱で双方の接着面を溶かして分子を相互に拡散させて接合する熱溶融接合も同様です。未加硫のゴムシートを重ね合わせて置いておくと、シート同士が貼り付いてしまうことがあります。これは、シートの自重で2枚のシートが密着することで分子が相互に拡散して絡み合うためで、このような結合は<自着>と呼ばれています。溶液タイプのゴム系接着剤では、両方の被着材の接着面に接着剤を塗布して溶媒を揮散させた後に貼り合わせて接着します。この場合、被着材と最初に塗布する接着剤は1)の分子間力で結合しますが、塗布乾燥後の貼り合わせでは、塗布された接着剤の相互の分子が拡散して結合します。分子が相互拡散するためには十分に密着する必要があるため、貼り合わせ時には力を加える必要があります。
4)機械的結合: 被着材の表面にある凹凸部に接着剤が流れ込んで固化して抜けにくくなることによる接合です。
蛇足ですが、JIS K6800の「接着剤・接着用語」では、<接着>とは、「接着剤を媒介とし、化学的若しくは物理的な、またはその両者によって二つの面が結合した状態」と定義されています。ということは、接着剤を媒介としない熱融着や自着は<接着>には含まれないということになります。
<分子間力>とは、簡単に示すと、図9-1に示すように、分子同士が電気的に引き合う力のことです。
分子は電気的に+と-に分かれています。+と-に分かれている状態を<分極している>と言います。+ーが強く分かれている状態を<極性が高い>、弱くしか分かれていない状態を<極性が低い>、全く分かれていない状態を<無極性>と言います。分極の程度は、分子の構造によって異なります。+ーが強く分かれている分子間では強く引き合い、+ーが強く分かれていない分子間では弱くしか引き合いません。身近にある物質で極性が非常に強いのは水(H-O-H)です。
図9-1 分子間力による接着剤と被着材表面の結合の模式図
接着剤も被着材表面も<極性>を高くして最も強い分子間力で結合できれば、強固な接着ができると言うことになります。この最も強い分子間力は<水素結合>と呼ばれています。
<水素結合>は、電気陰性度が大きいフッ素(F)、酸素(O)、窒素(N)、塩素(Cl)に結合している水素(H)と、別の分子のフッ素(F)、酸素(O)、窒素(N)、塩素(Cl)との間で生じる分子間力のことです。<水素結合>の代表例は、水分子同士での結合で、図9-2のように、水分子(H-O-H)は酸素(O)がーに、水素(H)が+に強く分かれていて、氷では図9-2のように水素結合しています。温度が上がると水素結合の一部が切れて動きやすくなって液体、気体となりますが、液体や気体でも、水は単分子ではなく、集合体となったクラスターの形で存在します。
図9-2 水の分子と氷での水素結合
水(H-O-H)では、分子全体が+とーに強く分かれていますが、有機物では分子鎖の一部に極性の高い<極性基>が付いています。極性基としては、ーOH(水酸基)、ーNH3(アミノ基)、ーCOOH(カルボキシル基)、ーC=O(カルボニル基)などがあります。
有機物の接着剤や被着材料のプラスチックなどは、長い分子鎖の一部に極性基が付いているので、分子鎖全体がべったりと結合するのではなく、<極性基部分で点状に結合>しているということになります。このことは、耐久性などを考えるときにも重要となるので、頭に入れておいて下さい。
ポリエチレンやポリプロピレン、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE、テフロン)などには極性基はないので、一般の接着剤では接着できません。
固体の表面張力のことを<表面自由エネルギー>と言います。表面張力は、単位長さあたりの力なので、単位はmN/mで示されます。表面自由エネルギーは、単位面積あたりのエネルギーで、単位はmJ/m2ですが、J=N・mで、mN・m/ m2なので、表面張力と同じmN/mで示され、値は等しくなります。
固体表面に極性基が多いほど表面自由エネルギーは高くなり、液体を強く引っ張ります。
表面に細かい凹凸が多数ある場合は、見かけ上の表面積に対して実際の表面積は大きくなっているため、親水性表面の場合は、固体表面が平らである場合より液体を強く引っ張ります。一般に、毛細管現象による物と言われていますが、実表面積が増えると、表面に存在している極性基の数が増えるためです。
プラスチックの表面に極性基がある場合は、ない場合に較べて表面自由エネルギーは高くなります。また、イオン化傾向が小さい貴金属や非常に安定な不動態膜を生成する金属以外の金属結晶の表面は、高分子材料とは桁違いに高い表面自由エネルギーを有しています。このため、空気中で研削加工などで金属の新生面を生成させると、エネルギーを下げて安定になろうとするため、すぐに空気中の酸素と反応して酸化皮膜ができます。さらに、空気中の水と反応すると水酸化膜が生じます。酸化膜や水酸化膜ができると表面自由エネルギーは低下しますが、それでも高分子材料に較べると高い状態です。空気中には、極性が高い水(H-O-H)が大量にあります。(空気中にある気体の量では、水は窒素、酸素に次いで多くあると言われています。)このため、極性基や酸化膜や水酸化膜の上には空気中の水が吸着します。ガラスでは、酸化膜などは生成しませんが、空気中の水を強力に吸着します。吸着している水の量は単分子層ではなく、水素結合によってかなりの水が付いています。
以上の点から、図9-3(A)に示すように、空気中では、表面自由エネルギーが高い表面は水分子で覆われていると言うことです。
図9-3 表面の吸着水と接着剤との水素結合の模式図
一般に、分子間力での接着の原理の図として、図9-1のような絵が示されていますが、空気中で行われる接着では、図9-3に示すように、表面自由エネルギーが高い固体表面には水が吸着していて、接着剤は、接着剤の極性基と表面の吸着水とが水素結合していると考えるのが自然でしょう。
(5)で述べたように、表面に吸着している水は単分子層ではなく、水素結合によってかなりの水が付いています。表面に直接吸着している第1層目の水の吸着力は非常に強く、水の分子層が厚くなるほど水分子間の結合力は弱くなります。吸着している水分子の層が厚くなりすぎると、接着剤と水が水素結合しても、その下の水分子間の結合が弱いので接着力は低下します。水の吸着量は大気中の水蒸気圧が影響するため、湿度が高すぎるのは接着にとって良い条件とは言えません。逆に、湿度が非常に低い場合は、吸着水分量は少なくなるので、水分子間での結合力の低下は少なくなります。ただ、吸着水の分子層が薄いと、表面/吸着水/接着剤の極性基の結合部は動きにくくなります。即ち、ガチガチの結合なので、外力による応力集中や内部応力の蓄積が生じやすくなります。このため、破壊に対する抵抗力は低下することが考えられます。理由は良くわかりませんが、昔から、表面に吸着している水分子の量は数十分子層程度が接着には最も良いなどと言われてきました。これは、水分子の層間で動けるため、表面と接着剤の間の水の層がバッファー層となって緩衝作用をするためかと思います。機械部品で言うところの「あそび」のようなものでしょうか。
上記より、丁度良い程度の水分子の層を表面に吸着させるためには、空気中の湿度は高すぎても低すぎても良くないということになり、実際の接着現象とも一致します。
<分子間力>とは分子同士が電気的に引き合う力のことですが、どんなに分子の極性が高くても、分子同士の距離がかなり近づかなければ引き合いの力は生じません。どのくらいまで近づかなければならないかというと、3~5オングストローム(1A=0.1nm=10-4μm)程度以下です。
表面自由エネルギーは、固体表面が液体を引張ろうとする力なので、表面自由エネルギーが高い表面に水滴を落とすと、水が表面に引張られて拡がり、ある状態で拡がりは止まります。これは、液体の水も表面張力を持っているためです。液体の表面張力は、表面のエネルギーを下げるために表面積を小さくして球になろうとする力です。
一般に、大気中においても液体の表面張力をγL、固体の表面張力をγSと示されていますが、実際には、液体、固体の表面は大気と接しているので、液体と大気との界面張力γLG、固体と大気との界面張力γSGというのが正しいのだと思います。液体と固体との接触面では界面張力γSLと書かれていますが、液体や固体と大気との接触は無視されています。おそらく、気体の表面張力は非常に小さいので無視して良いと言うことなのでしょう。ただ、実測したことはありませんが、空気中には水も多量に含まれていることを考えると、湿度(水蒸気圧)によって接触角は微妙に変化するのでしょう。
図9-4のように、固体表面に液体を滴下すると、液体は固体表面と角度θの状態で釣り合います。この角度θを<接触角>と言います。液体の表面張力が一定であれば、固体の表面張力(表面自由エネルギー)が高い、即ち、液体を引張りやすく接着しやすい表面では、接触角θは小さくなります。ちなみに、水の表面張力は、20℃で72.8mN/mです。水(H-O-H)は、極性が高いため大きな表面張力を持っています。
なお、水や溶剤のような低粘度の液体では固体の表面張力で引張られて濡れ拡がりますが、実際の接着剤のように粘度が高い液体では、固体上に滴下しても自然に濡れ拡がることはほとんどありません。これは、接着剤の粘性によるためで、このような粘度の高い液体を固体表面上に濡れ拡がらせるためには、力によりアシスト(加圧)が必要となります。
図9-4 固体と液体の表面張力と接触角
固体の表面自由エネルギー(表面張力)を測定する方法として、上記の<接触角法>がよく使われていますが、一定の表面張力に調整された液体(濡れ張力試験用混合液)を用いて測定する方法もよく使われています。表面張力を少しずつ変えた液体が市販されています。この方法は、図9-5に示すように、測定したい表面に、ある表面張力の液を微量滴下します。その液が固体表面に引張られて拡がれば、固体表面の表面自由エネルギー(表面張力)は滴下した液体の表面張力より大きいと言え、逆に、拡がらなかったりはじかれて縮んだ場合は、固体表面の表面自由エネルギー(表面張力)は滴下した液体の表面張力より小さいと言えます。拡がるか拡がらないか丁度釣り合う液体の瓶に表示されている表面張力が、ニアリーイコールで表面の表面自由エネルギー(表面張力)であるということになります。このように、液体を滴下して拡がりを見る方法<滴下法>に対して、濡れ張力試験用混合液を染みこませたフェルトペンで、測定したい表面に線を引き、線の液がはじかれるかはじかれないかで判断する方法<はじき法>もあります。なお、いずれの方法でも、用いる液体は低粘度でなければなりません。接着剤のように粘度が高い液体では測定は困難です。滴下法やはじき法で得られた結果は、用いた液の表面張力値なので、厳密に固体の表面張力を表しているとは言えないため、<表面濡れ指数>と表現されることもあります。
図9-5 滴下法による固体の表面張力(表面自由エネルギー)の測定方法
接着に必要な表面自由エネルギーはどのくらいあれば良いのでしょうか。これは、接着剤の表面張力と関係するので一概には言えませんが、講師の経験からすると、滴下法で、36mN/m程度あれば接着は可能で、38mN/m以上あれば良好な接着ができます。フェルトペン方式の場合は、上記の値に4~5mN/mを加えた数値で考えます。
空気中に放置された一般の材料は、接着が可能なだけの表面自由エネルギーを有しているのでしょうか。
1)プラスチック : プラスチックは基本的に表面自由エネルギーが低い材料です。このことは、プラスチック材料は一般に水をはじきやすいことからもわかります。空気中にあるプラスチック材料の多くは、一般に表面自由エネルギーは30mN/m程度以下で、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE、テフロン)では18mN/m、シリコンゴムでは20mN/mしかありません。プラスチックの中でも、極性が低いプラスチックや結晶性のプラスチックの表面自由エネルギーは低いです。
極性が低いプラスチックの例 : ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE、テフロン)、シリコーン、など
結晶性プラスチックの例 : ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリアミド(PA)(商品名:ナイロン)、ポリアセタール(POM)(商品名:ジュラコン)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、液晶ポリマー(LCP)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)(商品名:テフロン)、など
また、プラスチック製の部品は、種々の方法で成型加工がされており、型に塗布された離型剤や内部離型の表面への析出、加工時の熱や力による変質などもあります。さらに、プラスチックは帯電しやすいため、空気中のちりや埃など、表面には接着の阻害物質が大量に付着しています。このような点から、空気中にあるプラスチックは、簡単な洗浄程度では十分な接着性を得ることが難しい材料です。低極性や結晶性のプラスチックの接着性を高めるためには<表面改質>を行う必要があります。
2)金属 : イオン化傾向が小さい貴金属や不動態膜が形成している金属(SUS,Ti)の表面は空気中でも常に安定です。安定と言うことは表面自由エネルギーが低いと言うことなので、空気中の水の吸着も起こりにくく、接着はしにくい状態です。鋼や銅など酸化しやすい金属は、新生面では非常に高い表面自由エネルギーを有していて、空気中ではすぐに表面に酸化膜や水酸化膜などが生成し、その上に水が吸着します。この状態の表面では、そこそこ高い表面自由エネルギーを有しているので接着はできます。しかし、実際の金属部品では、切断、切削、プレスなどの加工がなされるため、表面には防錆油、切削油、プレス油など種々の油が多量に付着しており、多量の汚れも付着しています。油や汚れは除去する必要があります。なお、鋼の赤さびのように、空気中で自然に生成した酸化膜や水酸化膜は、膜自体の強度が低い場合も有り、表面で接着できても、接着部に力が加わると膜内部で壊れやすくなります。弱い酸化膜や水酸化膜は除去しなければなりませんが、ブラストやエッチングなどで除去しても、またすぐに新たな膜が生成して「いたちごっこ」となります。酸処理などで膜を除去した後に、強固な酸化膜を生成させる化成皮膜処理が必要となります。
3)ガラス : ガラスは分子の構造的に、清浄な面は親水性で高い表面自由エネルギーを有しています。そのため、表面には水も吸着しますが、各種の汚染物も強固に付着します。ガラス表面に付着した汚れは、洗剤程度では十分に除去できません。このため、一般のガラスの表面は決して表面自由エネルギーが高い状態とは言えません。ガラス表面に強力に付着した汚れを除去するには、昔は、研磨剤を用いてガラス表面を除去する、クロム硫酸溶液に浸漬して汚れを酸化するなどが行われていましたが、最近では、短波長紫外線によるUVオゾン洗浄や大気圧プラズマ処理などで容易に除去できるようになっています。
4)皮膜面、表面加工品、機能性皮膜面 : 金属では、種々の機能を得るために、化成皮膜形成、めっき・溶射、塗装、焼入れや窒化処理などさまざまな処理がなされることが多くあります。プラスチックやガラスでも、めっき、塗装、蒸着、コーティングなどさまざまです。このような加工表面は、研削などはできず、せいぜい洗浄程度しかできないことがほとんどです。加工表面は耐食性の向上など安定な表面であることが多く、そもそもの表面自由エネルギーが低ければよい接着はできません。
以上述べたように、空気中にあるほとんどの物の表面は、接着するに十分な表面自由エネルギーは持っていないことが極めて多いので、まずは、接着しようとする部品の表面自由エネルギーがどの程度なのかを、(8)で述べた方法などで測ってみることが必要です。表面自由エネルギーが低い場合は、表面を活性にして表面自由エネルギーを高くしなければなりません。この点に関しては、次回9.3で説明します。
【PR】コンサル業務を受け付けています 弊社では、企業での開発や不具合対策の支援や社員向け教育などの業務を行っています。 課題を有しておらる場合は、お気軽にお問い合わせ下さい。
詳細はこちらをご覧ください。 |
<接着・原賀塾>の掲載内容は、著作権法によって保護されており、著作権は原賀康介に帰属します。引用、転載などの際は弊社までご連絡ください。(会社内や団体・学術機関・研究機関内でのご活用に関してはこの限りではありません。) |
-------------------------------------------------------------------------------------
株式会社 原賀接着技術コンサルタント