≪接着・原賀塾≫

講師:(株)原賀接着技術コンサルタント

首席コンサルタント、工学博士

原賀康介

11.接着の内部応力

11.4 加熱硬化後の冷却過程で生じる<熱収縮応力>

(1)熱収縮応力とは

室温で接着剤を塗布して貼り合わせた後に、加熱硬化温度まで昇温すると、11-7(A)に示すように、液体の接着剤も固体の被着材も膨張しています。この状態で接着剤は硬化して、(B)のように収縮するため、加熱温度下で<硬化収縮応力>が発生します。加熱温度下で硬化が終了した後、硬化温度から室温まで冷却する場合、被着材の線膨張係数と硬化した接着剤の線膨張係数とは異なるため、(C)のように、それぞれの縮みしろは異なります。接着剤の線膨張係数αaが被着体の線膨張係数α1α2より大きい場合は、接着剤は被着材より大きく縮みます。しかし、<前回>11.31硬化収縮応力とは で述べたように、界面では分子間力で結合していて、接着剤と被着材料表面との結合部は自由に動けないため、被着材の接着表面には圧縮の力が働きます。この加熱硬化温度から室温までの冷却過程で線膨張係数の差によって生じる応力を<熱収縮応力>と呼んででいます。

11-7 加熱硬化後の冷却によって生じる<熱収縮応力>

 

 なお、室温に戻った状態では、加熱硬化中に生じた<硬化収縮応力>に<熱収縮応力>が加わった<内部応力>が働いていると言うことです。

 

<熱収縮応力>は、温度変化によって生じる応力の一つなので、通常言われている<熱応力>と言っても良いのですが、接着にとっては非常に大きな問題なので、私は、あえて<熱収縮応力>と呼んでいます。

 

 加熱硬化後の<熱収縮応力>は、一般に、接着剤の<硬化収縮応力>より大きいため、接着強度の低下や自然はく離、被着材の変形や割れなど、大きな問題に繋がることが多々あります。

 

(2)熱収縮応力による被着材の変形

 ここでは、二つの被着材の線膨張係数α1α2が、硬化した接着剤の線膨張係数αaより小さい場合について述べます。

 

 1)被着材が同種材料の場合

 少々の力では変形しない剛性が高い被着材の場合は、11-7のように、<硬化収縮応力>や<熱収縮応力>によって被着材はほとんど変形しません。しかし、被着材の弾性率や剛性が低い場合には、<前回>11-4A)(Bと同様に、太鼓状の変形や皺が発生します。変形や皺の程度は、<硬化収縮応力>による場合より大きいのが一般的です。

 

 2)異種材料の接着の場合

 二つの被着材料が異なる、いわゆる異種材接着の場合は、二つの被着材の線膨張係数α1α2が異なるため、同じ温度差で冷却した場合は縮みしろが異なります。

  ① 被着材の剛性が高い場合

   二つの被着材の線膨張係数が異なっていても、弾性率が高くて厚さが厚いなど部品の剛性が高い場合には、発生した<熱収縮応力>ではほとんど変形は生じません。

  ② 被着材の剛性が低い場合

   二つの被着材の弾性率が接着剤の弾性率よりも高くて、かつ、両被着材とも薄くて曲げ剛性が低い場合には、二つの被着材の線膨張係数差で生じる縮みしろの差によって11-8(A)のように、線膨張係数が小さい被着材が凸になるような変形が生じます。

   二つの被着材の弾性率が低くて曲げ剛性も低い場合には、最も収縮する接着剤が被着材の接着表面を縮めようとするため、11-8(B)のように、太鼓状の変形が生じます。

   一方の被着材が高弾性率で高剛性、一方の被着材が低剛性の場合は、11-8(C)のように変形します。

11-8 異種材接着における<熱収縮応力>による変形

  このように、冷却後の変形状態は、両被着材の弾性率、剛性、線膨張係数差、接着剤との弾性率、線膨張係数の差などによって異なります。部品の微小変形が問題となる精密部品の接着などでは設計段階での十分な検討が必要です。加熱硬化の場合は、二つの被着材料が加熱膨張した寸法で接着されるため、室温に戻っても接着前の室温寸法には戻らないことも考慮に入れて、室温での部品形状・寸法を設計してください。

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(3)熱収縮応力による接着部や被着材の破壊

<熱収縮応力>によって被着材が変形すると、接着界面に作用する応力は低減します。

 被着材が薄いなど曲げ剛性が低い場合には、被着材の変形によって接着界面の応力は低減しますが、被着材の厚さが厚くて曲がりにくい場合には、界面に働く応力は大きくなります。界面での応力が、接着剤の結合力より大きければ、冷却の途中で接着部が破壊することになります。

 ガラスなどの脆性材料の接着では、<熱収縮応力>によって、<第6回>6.17)①で述べたように、接着部のガラスが貝殻状にえぐり取られるような破壊を起こすことがあります。

 

(4)熱収縮応力の発生過程

 11-9は、横軸に温度、縦軸には、接着剤硬化物の弾性率と接着界面に働く内部応力を示したものです。

 硬化した接着剤の弾性率は、低温からある温度までは高く(硬い)、ある温度で急激に軟らかくなり、さらに高温では低弾性でほぼ一定になります。接着剤の弾性率が急激に低下する温度は、<第16回>10.2で説明した<ガラス転移温度Tg>です。エポキシ系接着剤のような3次元架橋した熱硬化性樹脂ではTgを境に、弾性率が大きく変化します。変化の仕方は、架橋密度が高いほどシャープになります。熱可塑性の接着剤や架橋密度が低い熱硬化性接着剤では、はっきりしたTgがなく、温度上昇につれて弾性率がだらだらと低下していきます。

接着剤の線膨張係数は、Tgを境にして変化し、Tg以下の線膨張係数は、Tg以上での線膨張係数より小さくなります。ここでは、全温度域において、二つの被着材の線膨張係数α1α2が、硬化した接着剤の線膨張係数αaより小さい場合について述べます。なお、被着材の弾性率は、温度依存性はなく、接着剤の弾性率より高い物とします。

 

11-9には、硬化した接着剤のTgより高い温度で硬化させた場合と、Tgより低い温度で硬化させた場合の、内部応力の発生の仕方を示しています。

11-9 <熱収縮応力>の発生過程 

  1)硬化後の接着剤のTgより高い温度で硬化させる場合

  ※以下の①~④は、11-9中の①~④に対応しています。

  ① 硬化温度まで加熱された接着剤は、硬化段階で硬化収縮を起こすので、<硬化収縮応力>が発生します。しかし、硬化した接着剤の弾性率は、Tg以上の温度でそれほど高くはないので、<硬化収縮応力>はあまり大きくはありません。

② 接着剤の硬化が完了すると、一旦室温まで冷却されます。この冷却段階で、被着材と接着剤の線膨張係数が異なるため、温度差が同じでも縮みしろが異なるため<熱収縮応力>が発生します。

硬化温度からガラス転移温度Tg付近までの冷却段階では、接着剤の弾性率は低いため、線膨張係数差で発生する<熱収縮応力>はさほど大きくありません。

③ その後、接着剤硬化物のガラス転移温度Tg付近にさしかかると、接着剤の弾性率が急激に(10倍から100倍)高くなります。接着剤の線膨張係数はTg以下ではTg以上より小さくなります。このTg以上の温度からTg以下の温度に移る間に生じる接着剤の弾性率の急激な増大により、Tg以上と同じように縮んでも大きな<熱収縮応力>が生じます。

④ Tgより低い温度まで冷やされた状態から室温までは、接着剤の弾性率は高い状態でほぼ一定です。即ち、線膨張係数差が一定で弾性率も一定なので、温度差に比例する形で直線上に<熱収縮応力>は増加していきます。

 

 2)硬化後の接着剤のTgより低い温度で硬化させる場合

  ※以下の⑤、⑥は、11-9中の⑤、⑥に対応しています。

  ⑤ 接着剤は加熱温度下で反応収縮するため<硬化収縮応力>が発生します。硬化した接着剤のガラス転移温度Tgは、接着剤の硬化温度より高いため、硬化温度において接着剤の弾性率はかなり高い状態になっています。このため、Tg以下の温度で硬化させた際に生じる<硬化収縮応力>は、Tg以上の温度で硬化させた場合の①よりかなり大きくなります。

  ⑥ 加熱温度下で硬化が完了したら室温まで冷却されますが、加熱温度から室温までの温度域は、接着剤のガラス転移温度以下で接着剤の弾性率は硬くてほぼ一定の状態です。ですから、1)④と同じ傾きで室温まで<熱収縮応力>が増加していきます。

 

 室温で蓄積した<内部応力>(<硬化収縮応力>+<熱収縮応力>)は、上記の1)の場合は、2)の場合よりかなり大きくなります。

 

(5)加熱硬化後の<内部応力>に影響する因子と低減法

加熱硬化後の<内部応力>とは、加熱硬化中に発生する<硬化収縮応力>と冷却過程で生じる<熱収縮応力>の和です。

加熱硬化後の<内部応力>を低減するためには、次のような対策を講じます。

 1)硬化温度をできるだけ下げる

  (4)で述べたように、できることなら硬化後の接着剤のガラス転移温度Tgより低い温度で硬化させるのが望ましいです。

 2)できるだけガラス転移温度Tgが低い接着剤を用いる。(11-9の④段階のTgと室温の温度差を小さくするため)

 3)硬化後の接着剤のTg以下の弾性率ができるだけ小さい(軟らかい)接着剤を用いる。

 4)異種材接着の場合は、二つの被着材の線膨張係数差を小さくする。

 5)被着材の剛性を下げる。

   これは、被着材を変形させることで接着部に加わる応力を減らすためです。

 6)硬化後の接着剤の線膨張係数を被着材の線膨張係数に近づける。

接着剤の線膨張係数を小さくするために、接着剤の中に多量の無機フィラーなどを充填することがありますが、充填によって3で示した接着剤の弾性率は高くなるため、効果が得られないことも多いです。

7)ゆっくり冷却して<応力緩和>を起こさせる

   加熱硬化温度から室温まで冷却する時の<冷却速度>は、<内部応力>に大きな影響を及ぼします。

   (4)で述べたように、11-9の①→②→③→④や⑤→⑥の各段階で、接着部の<内部応力>は増加していきます。一方、<第16回>10.3(3)応力緩和で述べたように、接着剤に力が作用している場合は、その力によって<応力緩和>を起こします。<応力緩和>は、負荷されている力が大きいほど、温度が高いほど(接着剤が軟らかいほど)、時間が長いほど起こりやすくなります。

   硬化温度から室温まで短時間に冷却すると、温度が高い状態に保持されている時間が短くなるため、<応力緩和>は少なくなり、室温に戻った時点での<内部応力>は大きくなります。

   一方、硬化温度から室温までゆっくりと冷やすと、温度が高い状態に保持されている時間が長くなり、<応力緩和>が大きくなるため、室温に戻った時点での<内部応力>は、急冷した場合よりかなり小さくなります。

 徐冷の効果は、割れやすい被着材の接着や、線膨張係数差が大きい部品の接着で顕著に現れます。例えば、鋼材の部品に線膨張係数が非常に小さくて割れやすい焼結磁石を加熱硬化型接着剤で接着して室温まで冷却するとき、急冷すると磁石の割れや接着はがれが多発しますが、ゆっくりと冷やしていけば磁石の割れや接着はく離のない良好な接着ができます

 8)接着層の厚さ

接着層の厚さは、薄すぎてはいけません。どのくらいの厚さが適当かは、部品の構造や寸法、接着層の拘束の状態、許容できる部品の変形量、接着剤の破壊伸び率など多くの要因が影響するので、実験やFEM解析などで最適値を求める必要があります。

 9)接着部の面方向の長さ

   <硬化収縮応力>には、接着剤と被着材の<線膨張係数>が影響するため、接着部の長さが長いほど、接着端部での接着剤と被着材の縮みしろの差が大きくなり、<熱収縮応力>は接着部の長さに比例して大きくなりそうに思われますが、実際には、ある程度の長さ以上になると、接着端部の<熱収縮応力>はほぼ一定になっているようです。これは、接着剤と被着材とは、分子間力で結合しているため、接着剤はフリーで縮むときの長さまで縮んでおらず、接着面の長さの中央部付近では長さにかかわらずほぼ一定の応力状態になっているのではないかと考えられます。

   とは言っても、接着部の長さが短いほど<硬化収縮応力>が低くなることは間違いないでしょう。

 

 

 

 次回は、使用中の温度変化によって生じる<熱応力>と樹脂の吸水によって生じる<吸水膨潤応力>について説明します。

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