≪接着・原賀塾≫

講師:(株)原賀接着技術コンサルタント

首席コンサルタント、工学博士

原賀康介

 

<第32回>   <前回第31回分>はこちら <次回第33回分>は未掲載

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12.接着の耐久性(劣化)

12.5 定荷重(応力)耐久性(クリープ耐久性)

(1)定荷重(応力)耐久性とは

 接着剤は、<第16回>の「10.硬化した接着剤の物性」の「10.3 粘弾性体」の「2)クリープ」で述べたように、粘弾性体であるため、接着剤に力が加わり続けると、粘性部分が徐々に伸びていき、やがては破断します。この現象は<クリープ変形>や<クリープ破断>と呼ばれているものです。破断する前に荷重を除去しても元の状態には戻りません。温度が高いほど負荷されている荷重が大きいほどクリープ変形の速度は速くなり、破断時間は短くなります。

 ただ、接着部では、継続荷重(応力)によって接着剤自体の<クリープ変形>や<クリープ破断>が生じるだけでなく、接着界面での結合部が切断されるという現象も生じます。この界面結合部の破壊を<クリープ>という言葉で表すのは適当ではないでしょう。一般に、接着部においても、継続荷重(応力)による劣化は<クリープ劣化>や<クリープ耐久性>と表されますが、<定荷重耐久性>または<定応力耐久性>というのが正しい表現ではないでしょうか。なお、ここで言う<定応力>の<応力>とは、<公称応力>のことで、負荷荷重値を接着面積で除した平均応力のことです。接着部には応力分布が有り、また、界面での結合部が破壊していくと接着面積は小さくなり、実際に加わっている応力は増加していきますが、その応力ではありません。

 <定荷重(応力)耐久性>は、接着剤自体のクリープ現象と界面結合部の破壊の両方を考えねばならない点で、材料単体のクリープより複雑です。

 <定荷重(応力)耐久性>は、<第29回>から<第31回>で述べた「12.4 水分劣化」と並んで、接着部の劣化に大きく影響する重要な要因です。にもかかわらず、<定荷重(応力)耐久性>については、あまり評価試験がなされておらず、予期しない不具合に至っているケースが多く見られます。あまり評価試験がなされていない理由の一つは、試験片に力を加えた状態で種々の環境暴露を行うことが面倒であること、もう一つは、安易に、「静的な破断荷重に対して、実際に加わっている荷重がかなり小さいため、問題ないだろう」と考えているためと思われます。後のデーターでも出てきますが、軟らかい接着剤や粘着剤などでは、室温静強度の1/501/100程度の力しか加わっていなくても破壊が生じます。

 <定荷重(応力)耐久性>は重要な設計マターです。

 

(2)荷重(応力)負荷装置

  <定荷重(応力)耐久性>を評価するためには、試験片に力を加えた状態で種々の環境に暴露できる試験装置が必要です。試験機メーカーからクリープ試験機が販売されていますが、大きな設置面積が必要、変化できる環境は温度と湿度程度、取り付けられるサンプル数が少ない、などの課題があります。

 そこで、私は、12-41に示すような荷重負荷装置を製作して用いてきました。この装置は、JIS規格の引張りせん断試験片に圧縮バネによって引張り荷重を加えるものです。負荷荷重値は、ナットの締め代でセットします。セットしたものは、屋外やガス中、液中など種々の環境に暴露ができます。この装置には、変位量や破断時間の検出機構は付けていませんが、短時間での破壊を調べるとき以外はなくても問題はありません。

図12-41 荷重負荷装置の一例

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講師:原賀康介

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(3)定荷重(応力)負荷による接着部の破断試験の一例

  12-42は、セラミックとステンレスをクロロプレンゴムによって加硫接着したものの5090RH7090RH雰囲気中での定荷重(応力)負荷による破断試験の一例です。φ12mmの突合せ引張り試験で、静的引張り接着強度は、25℃では6.2MPa70℃では3.3MPaで、いずれも完全な凝集破壊です。負荷応力値と破断時間の関係を両対数で示すと、ほぼ直線関係になっています。初期には100%凝集破壊ですが、破断後の凝集破壊率は、60%100%で、界面での結合部の破壊も生じています。図中に、70℃の乾燥環境下での試験結果も記していますが、高湿度環境下に較べて破断時間が長くなっています。これに関しては、<次回>12.6 水分と応力の複合による劣化」のところで詳しく述べます。

図12-42 定応力負荷による破断試験結果の一例

(セラミックとステンレスのクロロプレンゴムによる加硫接着)

 

(4)定荷重(応力)耐久性の予測方法

  12-42に示したように、負荷応力値と破断時間を両対数で示すとほぼ直線関係となるので、試験環境と実際の使用環境とがほぼ同じの場合は、必要な時間まで外挿して、負荷できる最大応力値を求めることができます。しかし、試験の短時間化のために、実際の使用環境温度より高い温度で試験を行う場合には、そうはいきません。

 以下に、定荷重(応力)耐久性の予測方法を二つ紹介します。これらの方法は、接着部においては接着剤自体のクリープ特性と界面の結合部破壊を区別できないため、材料自体のクリープ特性の評価に用いられている方法を、そのまま接着部にも流用しているものです。

 

(4-1) 温度/時間換算による方法

 この方法は、<第28回>12.2(4-2)で述べたアレニウスの反応速度理論によるものです。12-43に一例を示しました。

この例は、50℃で10年間破断しないで負荷できる最大荷重値を求めようというものです。一液加熱硬化型エポキシ系接着剤による軟鋼板同士のせん断試験片で、5098%RH環境に45日間放置した後、50℃~80℃で荷重を負荷して破断時間を求めたものです。短時間で試験を行うために、まず、基準温度となる50℃雰囲気中で大きな荷重を負荷して破断時間を求め、負荷荷重と破断時間の曲線を得ます。荷重が小さくなると破断までに長い時間を要するため、温度を上げて短時間で破断時間を測定します。最後に、60℃、70℃、80℃で得られた曲線を、50℃の曲線につながるように平行移動します。すると、50℃で長時間継続荷重が負荷された場合の破断時間曲線が得られます。10年で破断する負荷荷重値は500Nという結果が得られます。

(出典)平沼 勉、竹内豊和、栢木浩之、志村邦久;自動車構造接着技術特設委員会報告書((社)自動車技術会)(1992),P.56.

図12-43 温度-時間換算による定荷重負荷時の破断時間の予測方法

 

 この、温度/時間換算による方法は、あらかじめ求めたい温度と時間が決まっている場合には、試験が容易にできるので便利ですが、例えば、40℃や30℃で10年間や20年間破断しない最大負荷荷重値を求めたいなど、試験を行っていない温度条件が要求された場合には、追加で40℃や30℃での破断時間曲線を求めなければならないという課題があります。また、基準曲線に高温でのデーターを平行移動してつなぐ操作は、感覚的な面も有り、人によって結果が異なることもあります。特に、時間軸は対数なのでわずかなズレでも大きな時間差が生じます。

 

 (4-2) Larson-Millerのマスターカーブ法

  この方法は、アレニウスの反応速度理論から半理論的に誘導された方法です。半理論的と言われているのは、試験ごとに変化する定数(材料定数と言われています)を必要とするためです。

   応力が一定の場合のクリープ速度は、12-5)式で表されます。

      クリープ速度u = 1/t = A exp(-E/RT) ・・・・・・(12-5

        t :破断時間、 A :材料定数(試験ごとに変化する定数)、

E :活性化エネルギー(接着剤や被着材の種類などにより変化する)、

        R :ガス定数 R=8.314 J/KmolKは絶対温度(ケルビン))

  T :絶対温度、 

12-5)式から、12-6)式となります。

        T(logA+logt) = E / 2.3R = Const.・・・・・・・・(12-6

      logA=C として、Cを材料定数とすると、12-7)式となります。

         T(C+logt) = E/2.3R = Const.     ・・・・・・・・(12-7

   12-7)式の関係をグラフにすると、12-44に示すように、縦軸に負荷荷重(応力)値、横軸にT(C+logt)をとると、一本の線になります。この線は、<Larson-Millerのマスターカーブ>と呼ばれています。一定の負荷荷重(応力)値で温度を変化させると破断時間が変化しますが、T(C+logt)の値は同じになるというものです。

   材料定数Cが一定でないのは、活性化エネルギーEが一定でないためです。

図12-44 Larson-Miller のマスターカーブ法でのグラフの表示法

 

  では、材料定数Cはどうやって決めれば良いのでしょうか。いろいろな決め方があるようですが、私は、C10から70くらいまで変化させてデータをプロットし、それぞれに直線近似した場合に、相関係数が最も高くなる時のCの値を用いています。1030くらいで良いとも言われていますが、根拠はよくわかりません。プロットしたデータをみて、明らかに曲線であれば近似曲線から相関係数を調べれば良いでしょう。

 

  12-4250℃と70℃の90RH雰囲気下での破断試験から求めたLarson-Millerのマスターカーブを12-45に示しました。ここでは、直線近似として、相関係数からC=14.7としています。(4-1)温度/時間換算による方法では、あらかじめ推定したい温度を決めておく必要がありましたが、Larson-Miller法では、12-45中に記したように、任意の温度、時間に対する最大負荷荷重(応力)値を求めることができ、非常に便利です。 

図12-45 図12-42から求めたLarson-Millerのマスターカーブ(直線)(C=14.7)

 

 次に、Larson-Millerのマスターカーブを求める手順を説明します。

 【手順1】できるだけ試験温度と負荷荷重(応力)値を振って、破断時間のデーターをたくさん取ります。

  12-46に一例を示しました。この例では、プラスチック板同士を軟らかい変成シリコーン系接着剤で接着したせん断試験片を用いています。

  最終的に、12-44に示すLarson-Millerのマスターカーブを得るのが目的ですが、データーの信頼性を高くするためには、縦軸、横軸のできるだけ広範囲にデーターをプロットしたいものです。データーを広範囲に分散するためには、横軸T(C+logt)は温度Tをできるだけ広範囲に振る(破断時間tを広範囲に振っても対数なのでデーターの拡がりは少ない)、縦軸は負荷荷重(応力)をできるだけ振るのが良いことがわかります。12-46では、そのように試験条件を決めています。なお、1)温度/時間換算による方法では、同一温度である程度きれいな曲線を得る必要がありますが、Larson-Miller法では、同一温度内でどのような線になるかは気にする必要はありません。

図12-46 Larson-Miller のマスターカーブを求めるために行った破断時間試験の一例

(変成シリコーン系接着剤)

 

 【手順2Larson-Millerのプロットを行い、材料定数Cを決める。

  12-46から得られた負荷荷重(応力)値と破断時間からT(C+logt)の値を求めて12-44にプロットしますが、材料定数Cを決める必要があります。12-47は、材料定数C10から70まで10おきに変化させてプロットして近似直線を引いたものです。それぞれ相関係数Rを計算すると、12-47の右上に示すように、C=30で相関係数が最も高くなっています。そこで材料定数C30と決めます。

  なお、12-47中の楕円で囲った部分は、それぞれのC値において、5010年で破断する最大負荷荷重(応力)値ですが、Cが大きくなると負荷できる荷重(応力)値は大きくなっており、推定としては危険サイドになっていることがわかります。

 

 【手順3Larson-Miller のマスターカーブ(直線)の完成

  12-48は、材料定数C30とした場合のLarson-Miller のマスターカーブ(直線)です。 

図12-47 Larson-Miller のプロットを行い、材料定数Cを決める

 

図12-48 Cを30とした場合のLarson-Miller のマスターカーブ(直線)

 

 ここで用いた変成シリコーン系接着剤の室温静強度は3.4MPaです。12-48の結果から、40℃で5年間破壊しない最大負荷応力は室温静強度の約1/5060℃で15年間破壊しない最大負荷応力は室温静強度の約1/100であることがわかります。負荷できる応力値の低さに驚かれるかもしれませんが、軟らかい接着剤や粘着剤などでは、このように低い応力の負荷でも破断に至ってしまいます。「静強度に対して負荷応力が小さいので大丈夫だろう」と思うと痛い目に遭うことになります。十分に注意して下さい。

 

 なお、12-4712-48のプロットの荷重軸(縦軸)は、普通軸で表示していますが、対数軸でもかまいません。ただし、普通軸と対数軸では、材料定数Cが異なることがあるので、それぞれに最適なCを求めて下さい。また、12-2に示すように、応力軸を普通軸とした場合と対数軸とした場合で結果は異なります。普通軸と対数軸のどちらかが適当と言うことではなく、両方でマスターカーブ(直線)を描いて、安全サイドの設計を行うために、悪い結果が得られる方を採用して下さい。

 

12-2 縦軸が普通軸と対数軸の場合の比較(10年目で破断する負荷応力値)

 

 次回は、定荷重(応力)耐久性の改善法、水分と応力の複合による劣化について述べます。

 

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