≪接着・原賀塾≫

講師:(株)原賀接着技術コンサルタント

首席コンサルタント、工学博士

原賀康介

6.高信頼性・高品質接着達成のための開発段階での作り込みの<目標値>

 <第2回>から<第4回>までは、<接着設計技術>と<接着生産技術>について述べてきました。その中で、それぞれの要素技術で検討する事項を示しました。検討していくためには<目標値>が明確になっていなければどうしようもありません。そこで今回は、高信頼性・高品質接着を達成するために開発段階で作り込むための<目標値>について述べたいと思います。

品質の作り込みの際に考えるべき最低限必要な項目として(1)破壊状態、(2)ばらつき、(3)必要強度、があります。以下に、説明していきます。

6.1 破壊状態

1)接着部の破壊箇所と名称

 接着されたものに力を加えて破壊させるとどこかが壊れます。破壊の箇所は、6-1に示すように、①接着剤の内部、②被着材料の接着表面(接着剤と被着材の接合界面)、③被着材料自体、が基本です。①の接着剤の内部での破壊は<凝集破壊>、②の接合界面での破壊は<界面破壊>、③の被着材料自体の破壊は<材料破壊>と呼ばれています。

6-1 接着部の破壊箇所と名称

 6-2に、凝集破壊と界面破壊の例を示します。鋼の薄板を鋼の角パイプにSGA(二液室温硬化型変性アクリル系接着剤)で接着して、薄板を剥がしたものです。両者とも接着剤、被着材は同じですが、破壊状態の違いは接着の作業条件の違いによるものです。左の写真で両面とも白く見えているのは、接着剤の内部で破壊した接着剤が両面共に付着している接着剤の破壊面です。右の写真で濃い灰色に見えている部分は、鋼の薄板や角パイプの鋼の表面です。薄茶色に見えている膜状のものは接着剤の膜です。いずれの部分も、薄板または角パイプの接着表面で破壊しています。

6-2 凝集破壊と界面破壊の例

 

2)良い破壊と良くない破壊

<界面破壊>は最も頻繁に見られる破壊状態ですが、ばらつきが大きく、信頼性や耐久性の点から決して良い破壊とは言えず避けたい破壊状態です。信頼性を上げるには<凝集破壊>になる必要があります。<凝集破壊>のばらつきは、<界面破壊>より小さくなります。

接着部から離れた場所で被着材料自体が破壊する<材料破壊>は一見良さそうに思えますが、接着条件の開発段階では目的の評価ができていないこととなるため、不適と言わざるを得ません。接着部の作り込みがなされた最終の製品段階での<材料破壊>は不適な破壊とは言えません。

 

3)凝集破壊率

6-2の写真では、接着面の全面が<凝集破壊>または<界面破壊>となっていますが、<凝集破壊>の中に<界面破壊>が混ざっていたり、<界面破壊>の中に部分的に<凝集破壊>が混ざっていたりと、<凝集破壊>と<界面破壊>が混ざった破壊状態となることが一般的です。このような破壊の状態を<混合破壊>と呼んでいます。

凝集破壊が多いほど信頼性に優れた接着ができていると言うことになりますが、その程度を表す指標として<凝集破壊率>が使われています。<凝集破壊率>は、接着面積全体を100%として、接着面積の何%が凝集破壊であるかを%で表すものです。私が50年間で試験した多くのデーターから導いた経験則では、「初期(劣化前)に凝集破壊率が、再現性を持って最低限40%以上確保されていれば、信頼性に優れた接着ができていると考えて良い。」としています。ここで「再現性を持って」とは、通常変化する条件の許容できる範囲内で条件が変化してもということ、例えば、接着剤や部品のロットが変わる、作業場の温度湿度・季節や天候が変わる、作業者が変わるなど日常的な条件が変化してもということです。

凝集破壊率と接着強度の関係の実験結果の一例を紹介します。6-3は、ニッケルめっきされたネオジ焼結磁石と鋼をSGA(二液室温硬化型変性アクリル系接着剤)で接着したもののせん断破断強度の結果です。サンプル数は1213個で図中の青丸が11個のデータです。同じ凝集破壊のデータでも結構ばらつきが大きくなっているのは、ある製品の接着工程での最適条件と許容範囲を決めるために、良い条件から悪い条件まで幅広くを条件を振って試験した結果を集めたためです。この結果で、凝集破壊率が40%以下になると平均値(水色の線)が下がっていますが、このくらい多くのデータがある場合は、平均値より最低値を見るのが信頼性評価という点では妥当です。最低値を見ると、凝集破壊率が40%以上では特に低強度のものは見られませんが、凝集破壊率が40%以下になると、急に低強度のものが現れ(ピンクのゾーン)、凝集破壊率0%(界面破壊100%)では、多くのデータが低強度となっています。不良は低強度のもので生じると考えると、凝集破壊率40%以下では信頼性に劣っていると言えます。このような図は、接着剤や被着材料などが異なる新しい接着工程を作るたびに得られますが、不思議なことに、凝集破壊率が40%以上あれば低強度のものの出現はほとんど見られなくなっています。

6-3 接着条件を最適条件から不適切な条件まで振った時の凝集破壊率とせん断強度の関係の一例

 

 なぜ40%以上なら良いのかの理由ははっきりはわかりませんが、接着部は弱いところや応力が高い部分から徐々に破断していくので、界面破壊部分が先に壊れても凝集破壊部分で踏ん張っているという状態になるためと私は考えています。

なお、経験則の40%は上記のような最低限の条件なので、実際の製品の接着部では、製品の重要度によって60%以上や80%以上などと社内で規格化されて運用されています。

なお、接着は、接合強度を目的とする以外に液体や気体を通さないようにするシール目的でも使用されますが、シール目的の場合は、40%という数字ではなく、大きな界面破壊部がないということが必要条件となります。

 

【 凝集破壊率の見方 】

 肉眼で破壊面を見て界面破壊と思える場合でも、光学顕微鏡や電子顕微鏡などで倍率上げてみると、ポツポツと接着剤の付着が見られることは良くあります。しかし、このような細かい凝集破壊は、接着強度のばらつきや耐久性にはあまり大きな影響はないので、肉眼やルーペや実体顕微鏡など低倍率の範囲で見るのが接着の信頼性評価には適しています。また、凝集破壊率を正確に(1%オーダーまで)見たいとの要望も時折ありますが、10%単位程度の判断で十分と考えます。

透明な接着剤など凝集破壊している状態が見にくい場合も多々ありますが、そのような場合は、点光源のランプを用いて低い照射角で接着部に照射すると、陰影ができて凹凸が見やすくなります。多くの嫌気性接着剤のように、接着剤の中に蛍光染料が添加してある場合は、ブラックライトを照射することで接着剤の状態が明瞭に見えます。

破壊試験の方法でも凝集破壊率は変化します。せん断試験よりはく離試験や引張試験など、界面に垂直な方向の力が加わる方が、界面破壊になりやすくシビアな評価ができます。

 

 【 薄層凝集破壊 】

 界面に非常に近い部分で凝集破壊する(接着剤が被着材表面にうっすらと残っている)ことが良くあります。このような破壊は<薄層凝集破壊>と呼ばれていて、硬い接着剤や脆い接着剤でよく見られます。

<薄層凝集破壊>も<凝集破壊>ですが、接着強度のばらつきや接着部の破壊のしやすさなどとの対比は取れにくいので、<凝集破壊率>に含めるかどうかは、その都度考える必要があります。

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4)破壊状態と接着強度の分布の形

 6-4に示すように、①界面破壊が多い場合は、低強度側に偏った分布となります。②被着材の強度が接着強度より十分に高くて、伸びたり破断したりしないで凝集破壊が支配的な場合は、左右対称の<正規分布>となります。③被着材が接着強度より弱く、被着材が伸びたり破壊したりする場合は、高強度に偏った分布となります。

信頼性は、統計的に扱うため<正規分布>であることが必要です。開発段階では材料破壊を生じないように試験片を工夫して、正規分布になるように作り込むことが必要です。

6-4 接着強度の分布の形

 

正規分布しているかどうかは、<正規確率プロット>を行ってみるとわかります。6-5は、6-3のデータについて度数分布と正規確率プロットしたものです。凝集破壊率が40%以上の754個のサンプルを青で、凝集破壊率が10%以下(界面破壊が90%以上)の193個を赤で示しています。度数分布でも大体わかりますが、青の754個ものサンプルでもきれいな正規分布かどうかは断定しにくいですが、正規確率プロットでは青はきれいな直線となっていて正規分布していることがはっきりとわかります。赤の界面破壊のサンプルでは、直線になっておらず、正規分布していないことがわかります。正規確率プロットは、少ないサンプル数でも可能です。6-6は、サンプル数29個でのせん断強度を正規確率プロットしたものですが、きれいな直線で正規分布していることが確認できます。

6-5 凝集破壊と界面破壊の度数分布と正規確率プロット

6-6 サンプル数29個での正規確率プロット

 

 次回は、引き続き<破壊状態>について、(5)凝集破壊と界面破壊の信頼性(内部破壊発生開始強度)、(6)界面破壊が生じる原因、(7)材料破壊、について説明します。

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