≪接着・原賀塾≫

講師:(株)原賀接着技術コンサルタント

首席コンサルタント、工学博士

原賀康介

6.高信頼性・高品質接着達成のための開発段階での作り込みの<目標値>

6.1 破壊状態

5)凝集破壊と界面破壊の信頼性(内部破壊発生開始強度)

 <第5回>2で<凝集破壊>は良い破壊、<界面破壊>は良くない破壊と述べましたが、その一つの根拠を示します。

 接着強度の測定では、6-7に示すように、接着部に徐々に荷重を加えていき、破断したときの強度または最大強度を「接着強度」と表すのが一般的です。しかし、これは便宜上の言葉で、正しくは<破断強度>や<最大強度>と表すべきです。なぜなら、6-7に×印で示すように、接着部の内部では細かな破壊が繰り返し生じて破壊が蓄積していき、最終的に耐えきれなくなって破断したものです。接着部の内部で生じる細かな破壊を<内部破壊>と呼んでいます。必要な強度以下で内部破壊が発生していると信頼性的には大きな問題です。この点から、真の接着強度は、内部破壊が発生するまでの強度、即ち、<内部破壊発生開始強度>と考えるべきでしょう。

6-7 破壊試験における荷重/伸びと内部破壊の発生(模式図)

 

 では、内部破壊はどのくらいの荷重負荷で生じるのでしょうか。接着部は見えないので、私はAEAcoustic Emission)法で測定しました。Acoustic は音響、Emission は発生という意味で、AEは内部破壊が生じたときに発生する音を検出する方法です。6-1は、ステンレス鋼板同士を軟らかいSGA(二液室温硬化型変性アクリル系接着剤)で接着した引張せん断試験片での測定結果です。接着条件を変えて凝集破壊するものと界面破壊するもの各3個を作製して評価しています。表中の<内部破壊発生開始荷重比>というのは、<破断荷重>に対する最初にAEが発生したときの荷重値<内部破壊発生開始荷重値>の比です。界面破壊の場合は、なんと3個中2個は破断荷重の10%以下の荷重で破壊が起こっています。それに対して、凝集破壊の場合は、3個中最も悪いものでも破断荷重の半分程度の荷重までは内部破壊は生じていないことがわかります。破壊までに生じた大きな音の回数も書いていますが、界面破壊では凝集破壊より内部破壊の頻度が高いことがわかります。

6-1 AEによる界面破壊と凝集破壊での内部破壊発生荷重比と発生回数の評価試験結果

 図6-8は、6-1と同様のサンプルのよる、凝集破壊率の違いによる疲労特性の比較例です。縦軸は、静的な引張せん断破断荷重値に対する最大負荷荷重(sin波での繰り返し負荷)の比で示してあります。この結果から、凝集破壊率が高いほど疲労特性が上昇することがわかります。

6-8 凝集破壊率と疲労特性の比較例

6-8は外力の繰り返しによる疲労ですが、接着部に温度変化が生じると、接着剤と被着材料との線膨張係数差によって接着部には熱応力が加わります。熱応力の繰り返しでも接着強度は低下しますが、この場合も、凝集破壊率を高くすることによって耐冷熱サイクル性を向上させることができます。

 

 これらのことから、界面破壊の信頼性は、凝集破壊の信頼性に較べて非常に低いと言えます。

 

6)界面破壊が生じる原因

<界面破壊>は良くない破壊、凝集破壊に較べて信頼性が非常に低い破壊と言いましたが、<界面破壊>が起こる理由として、次の3点があります。

①被着材表面の弱い層で破壊する

 6-9に示すように、被着材料表面には、樹脂やゴム材料などでは被着材料内部からのブリード物(可塑剤、内部離型剤、老化防止剤、各種添加剤、など)の層や、金属の場合は、空気中で自然にできた酸化膜や水酸化膜などが層が生成しています。その上には外部からの汚染物が多量についています(粉状・繊維状、土、水・油、唾液、手の脂、化粧品・整髪剤、梱包材の成分、その他)。これらの層は一般に弱いため、<弱境界層>(WBLWeak Boundary Layerと呼ばれています。これらの<弱境界層>と接着剤が接着したとしても、力が加わると弱い層の中で壊れてしまいます。

6-9 被着材表面の弱境界層(内部からの析出物、表面生成物と外部からの汚染物)

 

②界面での結合が弱い

 ①の<弱境界層>をブラストなどで除去して表面を完全に洗浄するときれいな被着材表面が現れます。きれいな表面と接着剤は、6-10に示すように、一般に<分子間力>で結合します。

接着剤も被着材料も分子の集まりでできていて、それぞれの分子の中では電気的に+とーに分かれています(分極していると言います)。+-の別れ方がが強いか、弱いか、全く別れていないかなど(分極の程度)は分子の構造によって異なります。分子間で+-が引き合う力を<分子間力>と言います。接着剤の分子も被着材表面の分子も極性が高ければ(+-が強く分かれていれば)強い分子間力が得られますが、極性が低ければ弱い結合力しか得られません。このように、接着剤や被着材表面の分子の極性が低くて弱い結合しか得られなければ、力が加わると界面から破壊してしまいます。

6-10 分子間力による接着 

③接着端部の界面付近での応力集中

接着されたものに力が加わると、その力は接着部全面に均一に分散されるのではなく、接着部の端部の界面付近に大きな力が加わり、接着部の内部にはあまり力が加わらない状態となります。このように、接着部の一部分に大きな力が集中することを<応力集中>と言います。<応力集中>は、接着剤の硬さに依存し、ゴム状の軟らかい接着剤では応力集中は少なく、エポキシ系接着剤などの硬いものでは応力集中が大きくなります。

接着剤は、液体から固体に変化するときに体積収縮を生じ、接着部には<硬化収縮応力>が生じます。接着剤を加熱して硬化する場合は、加熱温度下で硬化収縮して、室温までの冷却過程では、接着剤と被着材料の線膨張係数差によって<熱収縮応力>が生じます。

外力による<応力集中>や、<硬化収縮応力>や<熱収縮応力>は、接着部の端部の界面付近で最も大きくなるので、応力が高くなると、接着部の端部の界面には亀裂が生じます。界面に生じた亀裂はクラック状に界面を伝って広がり界面破壊となります。

 

界面破壊を防ぐための方法については、追々説明していきますが、接着剤と被着材表面が強力に結合すれば、破壊の場所は接着剤の内部へと移っていきます。接着剤の内部での<凝集破壊>は、破壊に対する影響因子が少なく、基本的に接着剤の物性だけで強度が決まるので、接着強度のばらつきは小さくなります。また、塑性破壊や延性破壊的に壊れることが多く、クラックの進展も少なくなります。

 

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7)材料破壊について

 接着部から離れたところで被着材料が破壊する場合は、母材自体の特性によるもので接着部の影響ではないので問題ではありませんが、接着部の影響で被着材料の接着表面付近で材料破壊が生じる場合があります。

 以下に、①貝殻状破壊、②皮膜はがれ、③表層破壊について説明します。

①貝殻状破壊

被着材料が貝殻状に接着剤にえぐり取られるように破壊するもので、被着材料がガラスやセラミックスのような硬くて脆い脆性材料で、接着剤が硬い場合や加熱硬化後冷却した時によく見られます。

これは、接着部に力が加わったときに接着部の端部の界面付近に生じる大きな応力集中や、6て述べた<熱収縮応力>や<硬化収縮応力>が大きいと、その応力で脆い材料にクラックが生じて起こるものです。貝殻状の破壊までは至らず母材にクラックが生じた状態で界面破壊する場合もあります。

 

このような場合には、接着剤を少し柔らかくして、端部での応力集中を少なくすると、被着材料の破壊は生じずにより高い強度で破壊するようになります。

②皮膜はがれ

 めっきや塗装・コーティングなどの被覆がなされた部材の被覆上での接着において、被覆膜が接着剤にくっついて母材表面からはく離するものです。<皮膜はがれ>も接着部に生じる応力によるものです。接着剤を少し軟らかくすることで、皮膜はがれを生じさせずに接着強度を高くすることができます。

 合金化亜鉛めっき鋼板(アロイ鋼板)の皮膜剥がれの例を紹介します。この材料は、塗装用の鋼板として自動車の車体にも使われているもので、母材の鋼板に亜鉛めっきした後に熱処理をして亜鉛・鉄の合金層を形成させたものです。塗料の密着性が良いのが特徴です。合金層は、6-11に示すように、母材に近いほど鉄リッチとなっています。鉄リッチの合金層は、非常に硬くて脆い性質があります。

6-11 合金化亜鉛めっき鋼板におけるZn-Fe合金層の構造

塗装の場合は、塗料には大きな力が加わらないので、合金層にまで力が及ぶことはほとんどありませんが、接着の場合はしばしば力が加わります。6-2には、ウレタン系接着剤によるはく離試験の結果を示しました。低温で接着剤が硬くなると、母材の鋼と硬くて脆い鉄リッチの合金層の界面で全面めっき剥がれしています。室温では接着剤が軟らかいので応力が分散されて、めっき層のはく離はなくなり、高い接着強度が得られています。

6-2 合金化亜鉛めっき鋼板(アロイ鋼板)同士の接着における、

室温、低温でのはく離強度と破壊状態(ウレタン系接着剤)

③表層破壊

 繊維強化プラスチック(FRP)の接着でよく見られる破壊で、被着材の表面層がうっすらと接着剤に付着して剥がれるものです。この場合も、接着界面の応力が高いほど生じやすくなります。また、紙など被着材料自体が弱い場合にも被着材の表層が接着剤について壊れる表層破壊が生じます。

複合材料では、その他に積層の層間で破壊することもありますが、この破壊は母材自体の性質によるもので、接着部が影響する破壊とは考えなくて良いでしょう。

 

<第5回><第6回>では、高信頼性・高品質接着達成のための開発段階での作り込みの<目標値>のうち「破壊状態」について述べました。

<凝集破壊>については、私がその重要性を強調してから徐々に理解が深まり、最近では多くの研究論文でも<破壊状態>や<凝集破壊率>について触れられるようになってきました。

   次回は、高信頼性・高品質接着達成のための開発段階での作り込みの<目標値>のうち「ばらつき」について説明します。

 

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