≪接着・原賀塾≫
講師:(株)原賀接着技術コンサルタント
首席コンサルタント、工学博士
原賀康介
6.高信頼性・高品質接着達成のための開発段階での作り込みの<目標値>
<前回>と<前々回>では、高信頼性・高品質接着達成のための開発段階での作り込みの<目標値>の一つとして、<破壊状態>について述べました。今回は、<ばらつき>について説明します。
接着は、他の接合方法に較べて強度ばらつきが大きな接合法です。これは、接着強度に影響する因子は非常に多く、それらを十分にコントロールできないことや、接着剤や被着材料表面の状態、作業の環境や条件などが時々刻々と変化しているためです。接着の<品質>を考えるときには、接着特性の<ばらつき>が小さいことが非常に重要です。
「不良品が出なければ特性が少々ばらついていても問題は無い」という考え方もあります。この考え方は、信頼度の点では良いかもしれませんが、品質の面では問題です。品質というのは、顧客の満足度や安心感などで、例えば、電球を買ったらいつもより暗かった、お店に話したら規定の特性の範囲に入っているので問題ありませんと対応された場合、買った人は満足してくれないでしょう。規定値の範囲を狭くして、どれを買っても満足できる均一な性能が必要です。
一般に、ばらつきの大きさを表す指標として<標準偏差σ>が使われています。標準偏差σが小さいほどばらつきは小さくなりますが、平均値が異なる数種類のもののばらつきの大小を比較するにはちょっと不便です。平均値が大きいと同じばらつきでも標準偏差σは大きくなるためです。
そこで、ここから先は、ばらつきの大きさを表す指標として<変動係数Cv>を用いていきます。変動係数Cvは、平均値μに対する標準偏差σの割合で、次の式となります。
変動係数Cv = 標準偏差σ / 平均値μ
では、高信頼性・高品質接着というには、変動係数Cvをどのくらいに押さえれば良いのでしょうか。
結論を先に述べると、<変動係数Cvを0.10以下にすることが必要>ということです。即ち、標準偏差σは、平均値μの10%以下であることが必要ということです。
ネジやボルト、ファスナーやリベット、スポット溶接などの接合強度では変動係数を0.10以下にすることは容易ですが、接着強度の変動係数を0.10以下にするには、それなりの努力が必要です。
接着強度(内部破壊発生開始強度は簡単に測定できないので、ここからは破断強度を接着強度と示します)の変動係数Cvの大きさと破壊状態の間には相関があります。界面破壊の場合は、<前回>述べたように、界面には接着強度を低下させる多くの要因があり、簡単にコントロールができないため、接着強度のばらつきは大きくなります。接着剤の中で壊れる凝集破壊では、破壊強度は接着剤の物性で決まるのでばらつきは小さくなります。界面破壊の場合は、変動係数Cvが0.20を超えることもしばしばあります。
図6-12は、ニッケルめっきされたネオジ焼結磁石と鋼ブロックのせん断強度に関するもので、青で示したSGA(二液室温硬化型変成アクリル系接着剤)と赤で示した一液加熱硬化型接着剤の二種類の接着剤を比較したものです。左の図は、接着強度の度数分布を示したものです。平均破断強度は、SGAが47MPa、エポキシが39MPaとどちらも非常に高い値を示しており、両者ともに優秀な値ですが、ばらつきを見ると、SGAのばらつきの小ささに較べて、エポキシは非常に大きくばらついているのがわかります。それぞれの変動係数Cvを求めると、ばらつきが小さなSGAは0.03で、(2)で述べた0.10を大きく下回っています。ばらつきが大きなエポキシは0.19で、(2)で述べた「界面破壊の場合は0.20を超えることもしばしばある」に近い値となっています。右の図は、左の図の横軸を凝集破壊率に置き換えたものです。ばらつきが小さなSGAはほとんどが凝集破壊率100%ですが、ばらつきが大きいエポキシは、ほとんどが凝集破壊率0%、即ち100%界面破壊となっています。
図6-12 接着強度のばらつきと凝集破壊率の相関性
このように、接着強度の変動係数Cvと凝集破壊率とには相関があり、一般に、凝集破壊率が高くなれば、変動係数Cvは小さくなります。変動係数を小さくするためには、凝集破壊率を高くする必要があることがわかります。
※図6-12では、エポキシのばらつきがSGAより大きくなっていますが、接着剤の番手が変われば逆転することもあるので、接着剤の種類による特性の違いと勘違いしないで下さい。
変動係数Cvが0.10と言われても、実際どの程度のばらつきなのかを簡単に想像しにくいものです。
図6-13は、変動係数Cvと接着強度の関係を示したものです。図中の〇印は、5個のサンプルの破断強度です。それぞれ平均値が異なるので、縦軸は平均値を100として示してあります。これらのデーターは、<前回>の図6-3の元となった特定条件で作成したサンプルの結果です。この図で、5個での測定値は図中に示した青い曲線の範囲に入ってます。変動係数Cvが0.10では、5個測定するとほぼ平均値の±20%くらいに入ると言うことがわかります。しかし、サンプル数が多くなると、強度の低いものや高いものも現れるのでばらつきの範囲は広がります。では、サンプル数が、10個、100個、1000個、1万個、10万個、100万個と増えていくとばらつきの範囲はどこまでも広がっていくかというとそうでもありません。図中の赤い破線は、1000万個のサンプルを破壊試験した場合の最低値(正確には下から3番目に低いものの強度)の計算結果です。この赤い破線で見ると、変動係数Cvが0.10の場合は、下から3番目に低いものの強度は平均値のちょうど半分であることがわかります。変動係数Cvが0.15の場合は平均値の25%、変動係数Cvが0.20の場合は0%となります。
この図からわかるように、変動係数Cvを0.10以下にするというのは、多数個(1000万個)の接着を行った場合でも、最低強度品(下から3番目に低いもの)の強度は平均値の半分以上確保されるということなのです。もし、最低強度品でも平均値の70%以上の強度を確保したいという場合は、変動係数Cvを0.06以下まで作り込まなければならないということになります。
図6-13 変動係数Cvと接着強度の関係
(2)で、<変動係数Cvは0.10以下であることが必要>と述べましたが、要求される変動係数の値は時代と共に変化しています。20年以上前には、私は「接着強度の変動係数Cvが0.15以下であればばらつきの少ない良好な接着状態といえ、0.10以下であれば理想的な接着状態といえる。」と言っていました。変動係数Cvが0.15というのは、(4)で示したように、1000万個の下から3番目の強度は、平均値の25%しかない、即ち、強度のばらつきが大きく<品質的に問題>があると言うことになります。
最低強度以下の強度のものを不良とすると、変動係数Cvが0.10であれば、平均値の50%以下の強度のものは、1000万個中に3個弱ですが、変動係数Cvが0.15の場合は、平均値の45%以下の強度のものは、1万個に1個(1000万個に1000個)現れることとなり、不良率は300倍以上高くなり、<信頼性の面>でも問題があります。
20年以上前には、ほとんどの場合に、この程度のばらつき(品質レベル)や信頼度(不良率)で良かったのですが、現在では、接着の用途の高度化につれて高い性能や品質が要求されるようになっていて、より厳しい信頼度(不良率)と品質(ばらつきの小ささ)が要求されるようになったということです。接着部品が知らない間に壊れていると大事故や社会インフラの麻痺などにつながる自動車の自動運転化や通信・情報インフラなどでは、すでに変動係数Cvが0.06以下(1000万個中の下から3番目のものでも平均値の70%以上の特性を有している)が要求されることもあり、将来は、<変動係数Cvは0.06以下であることが必要>というのが一般化することも考えられます。
図6-14は、平均値μが同じで変動係数Cvが異なる分布を示したものです。変動係数Cvが大きいほど分布はブロードになります。ここで、接着強度がf以上必要な場合、強度f以下のものは不良品となりますが、変動係数Cvが大きいほど、強度f以下の累積度数(グレーの面積)は高くなり、不良品が増加します。即ち、変動係数Cvが大きいほど信頼性は低下します。
図6-14 平均強度μが同じで変動係数Cvが大きくなると、強度f以下の累積度数(グレーの面積)は高くなる
図6-15は、強度p以下の累積度数(不良率)が同じになるための、pに対する必要平均値の倍率を示したものです(ここでは、p以下の累積度数は2.87/1000万の場合です)。この図から、一定の不良率(信頼度)にするためには、変動係数Cvが大きくなるほど、平均値μを高くしなければならないことがわかります。変動係数Cvが0.10の場合は、平均値μはpの2倍で良いですが、変動係数Cvが0.15の場合は平均値μはpの4倍、変動係数Cvが0.16の場合は平均値μはpの5倍が必要となります。
図6-15 強度p以下の累積度数を同じにするためのpに対する必要平均値の倍率(p以下の累積度数は2.87/1000万)
表6-3には、累積度数(相当する工程能力指数)、変動係数Cvと、累積度数の上限強度pに対する平均値の必要倍率を示しました。参考にしてください。
表6-3 累積度数、変動係数と、累積度数の上限強度pに対する平均値の必要倍率
平均値を何倍にも上げるためには、接着面積の拡大や構造、接着剤の見直しなど大きな変更が必要となります。平均値を十分に上げられないまま、変動係数も大きければ、不良率が高くなって信頼度が低下してしまいます。ばらつきを減らして変動係数を小さくするのは、ばらつきの要因を見つけて最適化する地道な作業が必要ですが、達成することは十分可能です。平均強度を何倍にも上げるより、ばらつきを減らす努力をしましょう。
変動係数Cvをどこまで下げれば良いかは、要求される信頼度によって変化します。必要な変動係数の求め方は、<次回>の<Cv接着設計法>説明します。
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接着試験片の接着剤のはみ出し部の量や形状、接着層の厚さなどは接着強度に大きな影響を及ぼします。また、強度試験を行う際には、チャッキングの方法、チャック間距離、引張軸のズレ、引張速度、環境温度なども影響します。接着強度を評価するときには、これらの外乱を排除することが大切です。
私が長年やっていた引張せん断試験片の作り方を紹介したいのですが、ここでは長くなるので、別の機会に説明したいと思います。
強度試験は、サンプル数5個程度で行われるのが一般的です。しかし、サンプル数5個程度では、同じ条件のものでも測定のたびに平均値も標準偏差も変わります。サンプル数25個程度で測定を行うと変動係数Cvを正確に求めることができます。
※なぜ25個程度で試験すれば正確なCv値が求まるのかの根拠について、私は良く理解できていません。
以上、高信頼性・高品質接着達成のための開発段階での作り込みの<目標値>のうち<ばらつき>について述べました。接着は強度ばらつきの大きな接合法です。しかし、接着強度の<ばらつき>に関する研究は非常に少ない状態で、これでは、接着を部品組立の一手法として工業的に活用することはできないと言っても過言ではないでしょう。接着の<信頼性>や<品質>を向上させ、安定させるためには、<平均値>だけでなく<ばらつき>を常に意識していただくようお願いします。
<第5回>からここまでは、高信頼性・高品質接着達成のための開発段階での作り込みの<目標値>のうち<凝集破壊率>と<ばらつき>について述べました。
しかし、これだけでは接着部の設計はできません。設計を行うためには、加わる力に対して初期の平均接着破断強度がどの程度あれば良いのかがわからなければなりません。
初期室温での平均破断強度は、接着部に加わる力の大きさ、力の加わり方、要求される信頼度、ばらつきの大きさ、接着部の劣化や温度特性、などによって変化します。
必要な初期室温での平均破断強度と変動係数は、<Cv接着設計法>を用いて求めることができます。
<Cv接着設計法>については、<次回>説明します。
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