≪接着・原賀塾≫
講師:(株)原賀接着技術コンサルタント
首席コンサルタント、工学博士
原賀康介
7.4 <設計許容強度>の低下要因と考え方
前回は、7.4 の(1)接着強度の分布の形、(2)発生不良率、(3)要求信頼度-許容不良率F(x)と許容不良率の上限強度p-、(4)ばらつきの指標-変動係数Cvとばらつき係数d- について説明しました、今回は、(5)工程能力指数、(6)工程能力指数から信頼性指数へ、(7)信頼性指数,許容不良率、ばらつき係数,変動係数の関係、(8)劣化による接着強度の低下とばらつきの増大、(9)接着強度の温度依存性-温度係数-、(10)接着強度を破断強度で考えてはいけない-内部破壊と内部破壊係数-、(11)安全率、について説明します。
工程能力(Process Capability)とは、定められた規格の限度内で、製品を生産できる能力のことで、その評価を行う指標が工程能力指数です。工程能力指数は、一般に Cp と表記されます。
工程能力指数Cp では、一般に、図7-7に示すように、良品の範囲として、平均値μ に対して、上側規格値USLと下側規格値LSLが規定されていて、USL以上、LSL以下のものは不合格とされて、検査段階で排除されます。
工程能力指数Cpは、 (4)式で定義されています。
工程能力指数Cp = (USL - LSL) / 6σ ・・・ (4)
USL:上側規格値 LSL:下側規格値 σ:標準偏差
強度など上側規格値USLを規定する必要がない場合は、下側規格値LSLのみが規定され、CpL と表記され、 (5)式で定義されています。接着強度の場合もCpLで考えていきます。
下側規格値のみが規定されている場合の工程能力指数CpL = (μ - LSL) / 3σ ・・・ (5)
μ:平均値 LSL:下側規格値 σ:標準偏差
図7-7 工程能力指数Cp ,CpL
Cp、CpL は、 (1.00) 、1.33、1.50、1.67、 (2.00) などに設定される場合が多く、値が大きいほど信頼性の要求が高くなります。CpまたはCpL が 1.00は、いわゆる3σ管理といわれている品質レベルで、品質レベルとしてはそれほど高くありません。2.00は信頼性の要求が極めて高いため、めったに使われません。よく使われているのは、1.33、1.50、1.67です。
接着強度は非破壊での検査はできないため、下側規格値LSLを決めてもLSL以下の強度のものを見つけて排除できず、市場に流れ出ることとなります。この点から、図7-8に示すように、接着強度においては、下側規格値LSLは、検査の規格値としての意味はなく、許容できる不良率以上の不良品を市場に流出させないための規格値、即ち、良品の最低強度と考えるのが妥当です。即ち、下側規格値LSLは、良品の最低強度、言い換えると、許容できる不良率の上限強度p と同じと考えるべきなので、以下、LSL をp と示すことにします。
図7-8 接着強度においては、下側規格値LSL は 許容不良率における上限強度p と考える
<工程能力指数>という言葉では工程管理の手法と誤解されやすいので、ここからは、工程能力指数CpL = (μ - LSL) / 3σ の考え方を借りて、<信頼性指数R>と名称を変えて、 (6)式のように定義することとします。
信頼性指数R = ( μ - p) / 3σ ・・・ (6)
μ:平均値 p:許容不良率の上限強度(良品の最低強度) σ:標準偏差
信頼性指数Rでも、工程能力指数CpLと同じく(1.00) 、1.33、1.50、1.67、(2.00)を用います。信頼性指数Rは、許容できる不良率という点で許容不良率F(x)と同じ意味なので、信頼性指数R = (1.00) 、1.33、1.50、1.67、(2.00)を許容不良率F(x)で表すと1.35/1000、3.17/10万、3.40/100万、2.87/1000万、1/10億となります。
図7-6で、許容不良率F(x)、変動係数Cv 、ばらつき係数dの関係を示しました。(6)で述べたように、信頼性指数Rは許容不良率F(x)と同じ意味なので、図7-6に信頼性指数Rの直線を追加すると、図7-9となります。
図7-9 信頼性指数R、許容不良率F(x)、変動係数Cv 、ばらつき係数d の関係
先に述べたように、信頼性指数Rは、 (6)式のように定義されています。
信頼性指数R = (μ-p) / 3σ ・・・ (6)
ここで、変動係数Cv = σ/μ 、ばらつき係数d = p/μ なので、 (6)式の σ と p を置き換えると、
R = (μ-p) / 3σ = (μ-p) / 3μ・Cv = (1 - p/μ ) / 3Cv = (1 - d) / 3Cv となり、
(6)式より、 (7)式が得られます。
ばらつき係数d = 1 - 3R・Cv ・・・ (7)
R:信頼性指数 Cv:変動係数
また、 (7)式から、変動係数Cvは、 (8)式となります。
変動係数Cv = (1 - d) / 3R ・・・ (8)
d:ばらつき係数 R:信頼性指数
(7)式をグラフにしたものが図7-9です。 図7-6では、許容不良率F(x)の直線の傾きを簡単な式で表すのは困難でしたが、許容不良率F(x)の代わりに信頼性指数Rを用いると、図7-9の直線の傾きは-3Rとなり、(7)式のような簡単な式で表すことができるようになりました。
図7-9には、許容不良率F(x)と信頼性指数Rの両方の線が書かれているので、例えば、信頼性指数Rが1.50は、許容不良率F(x) が1/10万~1/100万程度であるなど、ある信頼性指数Rがどの程度の許容不良率F(x)を意味しているのかもよくわかります。
図7-9から、R=1.67でd≧0.50が要求されている場合はCv≦0.10での生産が必要、R=1.50要求されている場合にCv=0.10で生産すると良品の最低強度dは平均値の55%となる、d≧0.70要求されているがCv=0.10で生産するとR=1.00しか確保できない、などが容易にわかります。
①劣化による接着強度の低下
図7-10に示すように、劣化によって、接着強度の低下と接着強度のばらつきの増大が起こります。
強度低下は、初期の平均強度μR0(Rは室温、0は初期の意味)が劣化後μy(yは耐用年数経過後の意味)に低下するとして、強度保持率を(9)式で表します。
強度保持率 ηy = μy /μR0 ・・・(9)
μy:耐用年数経過後の平均値 μR0:初期の平均値
※劣化後の強度保持率ηyが小さくなりすぎると(強度低下が大きすぎると)、予測不能な現象による破壊などが懸念されるため、悪くても0.5程度に抑える必要があると考えます。
②劣化によるばらつきの増大
劣化後のばらつきの増大は、 (10)式のように、劣化後の変動係数Cvyが、初期の変動係数CvR0のk倍に増大すると考えます。
劣化後の変動係数 Cvy = k ・CvR0 ・・・(10)
k:劣化による変動係数の増加率 CvR0:初期の変動係数
k は、講師が行ってきた長期間の耐久性試験や製品の結果から、初期に凝集破壊の場合は、耐用年数、使用環境、応力の厳しさによって1.0~1.5倍と考えれば良いという経験値があります。
図7-10 劣化による接着強度の低下とばらつきの増大
図7-11に示すように、接着強度は温度によって変化するため、製品の使用温度範囲において接着強度が最も低下する温度下での接着強度で考える必要があります。使用温度範囲の最高温度下で接着強度が最低となることが多いですが、かなりの低温下まで使用される場合は、最低温度下で接着強度が最低となる場合もあります。
接着部の使用温度範囲において、接着強度が最も低下する温度下における接着強度を μT (Tは温度を意味)とし、 (11)式のように、室温での接着強度μR0 に対する μTの比率( μT / μR0 )を温度係数 ηTとします。
温度係数 ηT = μT / μR0 ・・・(11)
μT :接着強度が最も低くなる温度での平均強度 μR0:室温での平均強度
μR0 、 μTは、接着剤のカタログや接着剤メーカーへの問合せで容易にわかります。
図7-11 接着強度の温度依存性 -温度係数ηT-
内部破壊については、<第6回>の(5)凝集破壊と界面破壊の信頼性(内部破壊発生開始強度)のところで述べているので、思い出してください。静的な荷重負荷や繰り返しでの荷重負荷などで内部破壊が蓄積していくと破壊に至るので、真の接着強度は、内部破壊が発生するまでの強度、即ち、<内部破壊発生開始強度>と考えるべきでしょう、と述べました。
内部破壊発生開始強度が破断強度のどのくらいの比率かを表すために、 (12)式で示すように、<内部破壊係数h>を用います。
内部破壊係数h = 内部破壊発生開始強度 / 破断強度 ・・・(12)
内部破壊係数hは、接着部への力の加わり方で次の3種類に分けて考えます。
① 静荷重だけが加わる場合
<第6回>の表6-1に示したAEによる界面破壊と凝集破壊での内部破壊発生荷重比と発生回数の評価試験結果より、凝集破壊では、破断荷重の50%以上の負荷で内部破壊が生じたので、静荷重のみが加わる場合の内部破壊係数を h1として、とりあえず0.5 と考えます。とりあえずと書いたのは、内部破壊発生開始強度に関するデーターが少ないためです。
静荷重のみが加わる場合の内部破壊係数 h1=0.5
② 高サイクルの繰返し荷重が加わる場合
外力による繰り返し疲労など、短時間で多数回の変動荷重が加わる場合は、疲労試験のS-N線図(図7-12に一例を示します)から、107サイクル付近の最大負荷力を実力強度と考えます。
107サイクルでの疲労強度は、一般に静強度の1/3~1/4程度なので、高サイクル疲労の内部破壊係数をh2として、0.25と考えます。
高サイクル疲労の内部破壊係数 h2=0.25
③ 低サイクルの繰り返し荷重が加わる場合
ヒートサイクルなど使用中に温度が変化すると、接着剤と被着材の線膨張係数の違いによって、接着部に熱応力が加わります。温度変化のサイクルは比較的時間がかかる場合が多いので、疲労試験のS-N線図から、104サイクル付近の最大負荷力を実力強度と考えます。
104サイクルでの疲労強度は、一般に静強度の半分程度なので、ヒートサイクルなどの低サイクル疲労の内部破壊係数をh3とし、0.4~0.5 と考えます。
低サイクル疲労の内部破壊係数h3=0.4~0.5
図7-12 繰り返し疲労試験のS-N線図の一例
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接着強度の実力値である<設計基準強度>で設計するのは危険なため、<安全率S>で割った強度を強度設計に用いることができる<設計許容強度>とします。
すでに、ばらつき、劣化、環境温度、内部破壊、不良率などを考慮しているで、安全率 S は 1.5(~2.0)倍程度でよいと考えます。2倍は取り過ぎという意見もあるので2倍は( )で示しています。
安全率 S =1.5(~2.0)
(12)<設計許容強度>と<接着部に加わる最大力>の関係
ここまで、<設計許容強度>の低下要因と考え方について述べてきましたが、図7-13からわかるように、想定以上の不良を出さないためには、<設計許容強度>は、<接着部に加わる最大力Pmax>と同等以上であることが必須条件となります。以後、<設計許容強度>をpWと表します。
設計許容強度pW ≧ 接着部に加わる最大力Pmax ・・・(13)
図7-13 図7-2に変数の記号などを追加した図
次回は、7.4<設計許容強度>の低下要因と考え方 の「まとめ」と、必要な初期室温平均強度の算出式、計算事例などを述べます。
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