≪接着・原賀塾≫
講師:(株)原賀接着技術コンサルタント
首席コンサルタント、工学博士
原賀康介
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pdfファイル版(第1回~第25回)販売のお知らせ
・<接着・原賀塾>の 第1回から第25回 を読みやすくまとめた「pdfファイル版」(A4版 全137ページ)を作成いたしました。
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12.接着の耐久性(劣化)
12.4 水分劣化
接着部への水分の侵入による強度低下の予測として、<第30回>の12.4 (4-4)では、有限要素法による吸水率分から求める方法、12.4 (4-5)では、接着部の幅の比の二乗法による方法を紹介しました。
その他の方法として、<第28回>熱劣化の12.2 (4-2)で述べたアレニウス法が適用可能です。空気中での熱劣化の場合は、周囲環境が空気ですが、水分劣化の場合は、周囲環境が水中や湿度中に変わっただけです。
図12-33は、液体ホーニング後クロム酸処理したアルミ(A5052)を一液加熱硬化型エポキシ系接着剤SL(ガラス転移温度Tg=89℃)で接着した引張りせん断試験片(接着部の幅25mm、ラップ長12.5mm)を、30℃、50℃、70℃の水中に1年間浸漬した場合の接着強度の変化です。<単純化>のために、直線近似します。
図12-33 アレニウス法による水中での長期劣化の予測例(加速試験と単純化)
次に、図12-34に示すように、横軸1/T(T:水温の絶対温度)、縦軸に時間の対数logtをとります。ここに、接着強度保持率が95%、90%、85%、80%まで低下する時の水温と時間の関係を図12-33から求めてプロットし、直線近似します。近似直線から、例えば、水温が20℃で強度保持率が80%まで低下時間を推定すると、約100年という推定値が得られます。その他の保持率で推定すると、1~2ヶ月で保持率95%まで低下、1年で保持率90%まで低下、10年で保持率85%まで低下という推定値が得られ、水分劣化の速度は、時間が長くなると遅くなっていることがわかります。
図12-34 図12-33の各種保持率における温度・時間データのプロットと近似直線
なお、<第28回>熱劣化の12.2(4-2)のアレニウス法では、Tg以上の暴露温度で行った加速試験から求めた接着剤のTg以下での予測時間は安全サイドの結果になっている、と述べましたが、図12-33の水温は全て接着剤のTg以下であるため、水分劣化の場合の予測時間は、熱劣化の場合のように尤度のある結果ではありません。
アレニウス法で推定を行う場合には、加速試験の水分温度は、接着剤のTgをまたがないように決めて下さい。接着剤のTg以上の水温では、急速に劣化してしまい、アレニウスプロットの直線の傾きが正しく得られなくなります。
また、<第29回>の(3)や<第30回>の(4)で述べたように、水分による接着部の劣化は、接着部の形状・寸法に大きく影響されます。このため、JIS規格等の標準的な試験片を用いてアレニウス法で得られた結果は、製品の接着部の水分劣化性とはかなり異なっている可能性があります。接着部の形状・寸法の違いを考慮して、得られた結果を補正することを忘れてはいけません。
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(6-1) 吸水後の乾燥による接着強度の回復
ここまでは、接着部に水分が侵入して接着強度が低下することを述べてきましたが、次は、接着部に水分が侵入した後に、接着部の周囲が乾燥状態になった場合のことについて考えてみます。水分を吸収した接着部が乾燥状態にさらされると、接着部内部の水分は当然周囲に抜けていきます。その際に、水分の吸収によって低下していた接着強度は回復するのでしょうか、それとも回復しないのでしょうか。
図12-35は、二液室温硬化型変性アクリル系接着剤(SGA)でステンレス鋼板同士を接着した後に、60℃90%RH雰囲気に暴露して、暴露後すぐに(乾燥する前に)室温で測定した接着強度の変化と、暴露後80℃の乾燥雰囲気下で7日間乾燥させた後に室温で測定した接着強度の変化を示したものです。なんと、吸水後に乾燥させると、吸水前の接着強度とほとんど変わらない結果になっています。
図12-36は、<第29回>の図12-19で示した正四角柱試験片(辺長12mm、20mm、30mm)の写真です。初期には全面完全な凝集破壊ですが、吸水すると周囲から界面破壊に変化しています。その後乾燥させて測定すると、界面破壊に変化していた領域の一部が再び凝集破棄に戻っています。
図12-35 乾燥による接着強度の回復の一例
図12-36 高湿度中暴露後の乾燥による破壊状態の変化(初期は全面凝集破壊)
このような吸水後の乾燥による接着強度の回復や破壊状態の変化は、常に生じるのでしょうか。条件によって異なるのでしょうか。
接着部への水分の侵入による劣化の原因を振り返ってみましょう。<第29回>の図12-17で説明した水分劣化の4つのモードを思い出してください。
モード① 界面での結合の破壊
モード② 被着材の接着表面付近の劣化(弱境界層(WBL)の生成)
モード③ 接着剤自体の加水分解
モード④ 接着剤の膨潤・可塑化
これらの4つのモードの内、モード①②③は、水分によって生じた被着材や接着剤、界面での非可逆的な変化で、接着部にとって致命的な損傷です。これに対して、モード④は、可逆的な変化で、吸水によって生じていた接着剤の膨潤や可塑化は、乾燥すると元の状態に戻ります。即ち、乾湿繰り返し環境下で使用する場合には致命的損傷ではありません。模式的に示すと、図12-37に示すように、吸水後の乾燥で強度回復した部分はモード④による低下部分、乾燥後も回復しなかった部分はモード①②③によって致命的損傷を受けた部分ということです。
図12-35では、乾燥後には元の強度に戻っているので、モード①②③の致命的損傷は受けておらず、吸水状態での強度低下は、モード④の膨潤・可塑化によるものだったことがわかります。図12-36では、乾燥後も界面破壊になっている部分は、吸水によって致命的損傷を受けた部分と言えるでしょう。
図12-37 吸水後と乾燥後の強度変化からわかること
(6-2) 被着材の違いによる強度回復性の違い
表12-1は、軟鋼板、亜鉛めっき鋼板、ステンレス鋼板、塩ビ鋼板(接着面は、塩ビ表面ではなく、裏面の亜鉛めっき鋼板の表面にコーティングされた樹脂表面)をそれぞれ同種材同士で二液室温硬化型変性アクリル系接着剤(SGA)で接着した後、60℃90%RH雰囲気中に14日間、31日間暴露後と、暴露後に80℃で7日間乾燥させたときの接着強度の変化を示したものです。この結果から、水分によって表面が変質しにくい材料ほど接着強度の回復が大きいことがわかります。接着剤の種類の影響は評価したことがないので、接着剤の種類による優劣はわかりません。
表12-1 乾燥による接着強度の回復に及ぼす被着材の種類の影響
水分劣化試験においては、暴露環境から取り出し後、乾燥する前に強度測定するのが一般的とされています。確かに、水中や常に高湿度中で使用される接着部の評価としては妥当ですが、晴雨がある屋外などの乾湿繰り返しがある環境で使用される接着部の場合は、乾燥後に強度測定を行うのが良いと思います。なぜなら、水中や高湿度中に長期間暴露していると、接着剤の膨潤・可塑化が大きくなりますが、乾湿繰り返し環境の場合は、接着剤が水分を吸収する時間が短いため、長期間暴露に較べて膨潤・可塑化が少ないためです。乾燥後に測定することで、致命的損傷だけを評価することもできます。水中や常に高湿度中で使用される接着部の評価においても、暴露直後と乾燥後の両方のデータをとって、致命的損傷の程度を評価することは重要です。
(6-4) 屋外での乾湿繰り返しによる長期経時変化の推定
乾湿が繰り返される屋外環境における25年間の接着強度の経時変化の予測例を紹介します。試験片は、幅25mm、重ね合わせ長さ12.5mmの引張りせん断試験片で、ステンレス鋼板(1.5mm)と軟鋼板(1.6mm)を二液室温硬化型変性アクリル系接着剤(SGA)で接着したものです。屋外の平均気温を25℃とし、劣化の主要因は水(雨)と考えています。
【試験1】まず、25℃で25年間雨が降り続いた場合の接着強度の経時変化を推定します。推定は、(5)で述べたアレニウス法を用いています。図12-38(左)に示すように、40℃、50℃、60℃の各90%RHの高湿度環境に60日間暴露して接着強度の低下を測定します。この結果から、強度保持率Pが、80%、70%、60%、50%、40%まで低下する時間を求めて、図12-38(右)示すようなアレニウスプロットを行い、25℃における劣化時間を求めます。得られた結果から、図12-39(左)に示す25℃多湿環境下での経時変化曲線が求まります。25年後には接着強度保持率は約35%程度に低下するという推定結果になります。
図12-38 アレニウス法で25℃90%RH雰囲気での劣化時間を求める
図12-39 アレニウス法で推定した25℃90%RH雰囲気での経時変化曲線(左)と
乾燥による回復試験(右)
【試験2】水分を吸収して接着強度が低下したものが、乾燥によってどの程度回復するかを実験で求めます。図12-39(右)に一例を示しました。40℃90%RH環境下で、80%に低下したものは98%まで回復、59%程度まで低下したものは92%程度まで回復しています。このような試験を50℃90%RHや60℃90%RH環境下でも行い、吸水後の保持率と乾燥後の保持率の関係のデーターを5,6点求めます。
【試験3】図12-39(左)の25℃多湿環境下での連続暴露の推定結果(図12-40の曲線(Ⅰ))に、【試験2】で得られた強度回復のデーターを当てはめて、図12-40の曲線(Ⅰ)を補正すると曲線(Ⅱ)が得られます。曲線(Ⅱ)から、25年間乾湿繰り返し環境で使用した場合の強度保持率は85%程度という推定結果が得られます。
この推定の妥当性を確認するために、実際に10年間屋外暴露試験を行った結果が図12-40中の折れ線グラフ(Ⅲ)です。推定曲線(Ⅱ)と実測値は良く一致しており、この推定方法の妥当性が確認できています。
図12-40 屋外暴露での経時変化の予測結果と実測値
<第19回>の「11.接着の内部応力 11.6 吸水によって生じる<吸水膨潤応力>」の「(3)吸水した状態での高温、低温使用によるはく離」でも述べたように、接着剤が吸水している状態で0℃以下の低温にさらされると、吸水している水分は氷になり体積が膨張し、接着層の厚さ方向に被着材の端部を押し上げるような力が加わるため、剥離が生じることがあります。また、接着剤が吸水している状態で100℃以上の高温にさらされると、吸水した水分が水蒸気になります。被着材が水を通しにくい材料の場合は、発生した水蒸気は、界面付近に溜まります。圧力も高いため接着界面ではく離が生じることになります。注意しましょう。
<第29回>から3回にわたって述べてきた<水分劣化>は、接着にとって非常に大きな課題です。水分劣化を抑制するためには次のような点を考慮しましょう。
① 接着部の形状・寸法の関係 接着面積S/接着部周辺の長さL を大きくする。
(<第29回>12.4(3)水分劣化における寸法効果– S/L – を参照)
② 細長い接着部では、接着部の幅(糊しろ)Wを広くする。
(<第30回>12.4 (4-5) 細長い接着部における幅Wと劣化時間の関係 を参照)
③ 被着材表面の水分による変質を減らす。めっき、塗装、コーティングなど
④ 被着材表面と接着剤との界面での結合力を強くする。 表面処理、表面改質
⑤ 接着剤のはみ出し部を設ける。
⑥ 接着部の外部を水に強い塗装で覆う。
次回は、クリープ耐久性について述べます。
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